第2話 歓迎はティーセットと共に

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歓迎はティーセットと共に

SMCでアルバイトを始めることになった陽は、研修のためSMCへ初出勤する。持ち前の(?)緊張感を引っさげながら、リーダーを任されているという金髪の美女、沙智や、ゆるふわ系(笑)の女子大生、初唯と挨拶を交わす。そんな様子を二人は見ながら・・・。


オフィスのエントランスから先日面接に来たアルバイトの新人が出社してきたという連絡があった。

今日からこちらで働くことになりました、陽です。よろしくお願いします。

ぺこりとお辞儀した新人アルバイトの最初の仕事は、自己紹介と業務の学習になる。そしてその教育を担当するのは-

沙智
私(わたくし)は沙智と申します。一応、IRISのリーダーを務めております。こちらこそ、これからよろしくお願いいたしますわ。

深々と日本式のお辞儀をしたけれど、明らかに日本人には見えない顔立ちを自負しているため、かなり違和感を覚えられることが多い。おまけに私は天然の金髪だ。

沙智
そう堅くならなくても大丈夫です。ここにいる方々は・・・、そう、あまり気負って話す必要がないというか、あ、いえ、そんなこともないのですけれど、初対面から遅刻してくるようなあの部長がボスですから、ね?その、とにかく大丈夫ですわ!

は、はぁ・・・。

沙智
私はいきなり一体何を取り繕っているのでしょうか・・・。

自分で言っていて自分にツッコミを入れたくなった。

沙智
とにかく、まずは業務を紹介する必要がありますわね。今日は私たちがどんなことをしているのか実際に見ていただきたいと思っておりますの。私について来てくださいませ。こちらがあなたの入館証になりますわ。

顔写真付きの入館証を渡し、一緒にエントランスの入り口を抜けてエレベーターに乗った。

沙智
私たちの仕事は家からでもできますが、こうしてオフィスに来る際は必ずその入館証を持ってきてください。そうしないと(あの部長のように)入れなくなりますわ。

週一で入館証を忘れるダメ人間のことを思い出して、深くため息をつきながらそう伝えた。

はい、注意します。

沙智
しかしこの子、声が小さくて挙動不審な感じですわね。大丈夫なのかしら?

沙智
着きましたわ。ようこそ、SMCへ。

黒を基調とした、落ち着いていてお洒落なデザインのゲートが入り口になっている。

沙智
さ、こちらへ。

入館証を再び使用してゲートを抜けると、そこはもう異世界のような雰囲気だ。私が訪れたときも、非常に驚いた覚えがある。

すごい・・・。

沙智
素敵なオフィスでしょう?家で仕事をすることもありますけれど、私はよくオフィスに来ておりますの。

主に誰かさんのせいで、ではあるものの、確かにオフィスの魅力で来ているという理由もないことはない。

SMC(ソーシャルメディアコンサルティング株式会社)のエントランスホールは、こちらもやはり黒を基調としたデザインで、紺っぽい大理石の床、赤系統のダークブラウンのソファが四組。壁際には整然と並んだ小物類。まさしく大手メディア企業の貫録のあるオフィスになっている。

沙智
そんなに見栄を張っても仕方ないと思うのですけれど。

ぼそっと呟いたのが聞こえてしまっていたみたいだ。怪訝そうな目で陽がこちらを見てきた。

沙智
いえ、なんでもありませんわ。では一緒にIRISチームがあるスペースまでご案内いたしましょう。

中に入るとしばらく会議室のようなものが並んでおり、その先がオフィススペースになっている。IRISチームはそのオフィススペースの一番奥の一室にあった。

なんか、ちょっと他のオフィスから隔離されている気がしちゃいますね。

沙智
なるほど、陽さんは察しが良い子のようですわ。確かにあの方が気にいるタイプかもしれませんわね。

沙智
・・・詳細は知りませんが、部長は会社内の厄介者だった、と聞いたことがありますわ。あの方はあまり自分のことを話してくれないので。

なぜこんな見るからに窓際なのか、むしろそれ以上は本人から聞き出してほしい、と思いながら、IRISチームのオフィスに入った。

沙智
失礼いたします。陽さんをお連れいたしましたわ。ご挨拶をお願いしてもよろしくて?と言ってもご存じない方は一人しかいらっしゃらないと思いますが。

あ、はい。今日からお世話になります、陽と言います。よろしくお願いいたします。

今日部長以外に来ているのは初唯しかいない。基本的にオフィスに来る人は極少数で、出社が義務付けられているのは週一回以上だ。

晃平
お、今日からだったね。よろしく。

初唯
噂の陽くんだぁ。私は初唯って言います、よろしくね〜。陽くんも大学生?

は、はい。今年理化大学1年です。

初唯
わぁ、新入生だ〜。私は修学舎大学2年で、半年前からここで働いてるの。これから楽しく働きましょ〜。

不必要に語尾が伸びるのはなんとかならないのだろうか?ただでさえ外見が典型的なゆとり大学生なのに、殊更にアホっぽく見える気がしてしまう。

沙智
挨拶はこれぐらいにして、今日は業務の説明をさせていただきますわ。

初唯
えぇ!さっちゃん、もう少し話そうよ〜。

不満そうな初唯は完全にスルーすることにした。

初唯
ケチ〜。

後ろからそんな言葉が聞こえて気がしたが、いつも通りスルーした。

沙智
あちらの会議スペースでお話しいたしましょう。

部屋の角にホワイトボードと大きめのテーブルがあるスペースがある。部長が会議嫌いのためあまり使うことはないが、こういう場面ではありがたいし、会議のときはいつもここでしている。

・・・

沙智
紅茶とコーヒーどちらがお好みでして?

あ、そんな気を使わなくても-

沙智
少し長いお話になりますわ。それに、私(わたくし)が飲みたいのですよ。

はぁ、では紅茶でお願いいたします。

初唯
え〜、そこはこーひーにしようよ〜。

また遠くで初唯が何か言っている。確かに初唯の淹れるコーヒーは美味しいのだが。

沙智
では私が淹れますわ。ミルクとお砂糖はいかが?

あると嬉しい、です。

沙智
では少々お待ちください。

そう言って、沙智は給湯室へ向かった。

沙智
私の気分的にはセイロンですけれど、ここは癖のないアールグレイが良いかしら。

これだけの規模の会社だけあって、給湯室はとても快適だった。なんでも、社長が紅茶やコーヒーを心から嗜んでいるため、様々な茶葉やコーヒー豆を常備しているそうな。

的確に茶葉を計量し、お湯を沸かす。沸騰したお湯でティーポットとカップを温めておき、再度十分に沸騰させる。紅茶の旨味が十分に出るよう、沸騰しきったお湯を茶葉を入れたティーポットに一気に注ぐ。

小さい頃から一通りの英才教育は受けてきた。紅茶の淹れ方も、淑女のたしなみの一つである。

私の家は地元では有力な名家で、その明らかに日本人離れした金髪と碧眼はドイツの血だ。一流の家系の名に恥じぬよう、上流階級で生きていくためのさまざな教育を受け、幼稚舎から桜渓付属に通い、今では桜渓大学の2年になった。容姿端麗・頭脳明晰と、まさに非の打ち所がないと言われてきたが、その隙のなさがある種の欠点とも思っていた。このような特殊なアルバイトをしているのも、その辺りに理由があったりする。

ミルクを、やはりお湯で温めたカップに入れ、スティックシュガーを添えて砂時計をひっくり返し、ティーセットごとオフィスに運んだ。

沙智
ごめんなさい、少々お待たせいたしましたわ。砂時計が落ちるまでもう少しありますわね。あちらからお茶菓子をいただいてきましょうか。

オフィスの中心付近のデスクに、雑にお菓子が置かれている。

沙智
もう少し整理していただけると良いのですけれど。

適当にクッキーを手にとって戻ってくると、ちょうど砂時計が落ちきるところだった。カップに紅茶を注ぐ。

沙智
さ、どうぞ。ミルクとお砂糖はご自由に。できれば、最初の一口はミルクを入れずにお召し上がりいただけると、香りを楽しめると思いますわ。

ありがとうございます、いただきます。では最初の一口だけ・・・。

そういっておそるおそる口をつけた陽の表情はすぐに驚きの表情に変化した。

歓迎はティーセットと共に

・・・美味しい!それに、すごい良い香りですね・・・!初めてこんな紅茶を飲みました。これならミルクを入れなくても大丈夫そうです。沙智さん、すごいんですね。

沙智
そう?お褒めに預かり光栄ですわ。この茶葉は、確かにかなり良いものですが、普通の茶葉でも淹れ方次第で大きく味・香りが変わります。もしご希望でしたら、私が淹れ方を教えて差し上げますわ。

初唯
こーひーなら私の方がうまいのに〜。

またまた遠くから大きな独り言が聞こえてきた。

沙智
そうですね、確かにコーヒーなら初唯さんにお聞きすると良いと思いますわ。彼女はずっとカフェでアルバイトをしていたそうですし。

は、はぁ。

沙智
っと、そろそろ業務の話をしないといけませんわね。緊張もほぐれたみたいですし、本題に入りましょう。

初唯
さっちゃ〜ん、助けて〜。

説明を始めようとしたその時、初唯から声がかかった。

沙智
あ、ちょっと待って、今行きます。ごめんなさいね、もう少々お待ちいただけますか?

あ、はい。

陽の表情は出会った時のこわばった感じから明らかにリラックスしたようだった。やはり紅茶の効果は偉大だなぁと思う。

沙智
しばらく雰囲気に慣れてもらいましょう。
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