SMCでアルバイトを始めることになった陽は、研修のためSMCへ初出勤する。持ち前の(?)緊張感を引っさげながら、リーダーを任されているという金髪の美女、沙智や、ゆるふわ系(笑)の女子大生、初唯と挨拶を交わす。そんな様子を二人は見ながら・・・。
オフィスのエントランスから先日面接に来たアルバイトの新人が出社してきたという連絡があった。
ぺこりとお辞儀した新人アルバイトの最初の仕事は、自己紹介と業務の学習になる。そしてその教育を担当するのは-
深々と日本式のお辞儀をしたけれど、明らかに日本人には見えない顔立ちを自負しているため、かなり違和感を覚えられることが多い。おまけに私は天然の金髪だ。
自分で言っていて自分にツッコミを入れたくなった。
顔写真付きの入館証を渡し、一緒にエントランスの入り口を抜けてエレベーターに乗った。
週一で入館証を忘れるダメ人間のことを思い出して、深くため息をつきながらそう伝えた。
黒を基調とした、落ち着いていてお洒落なデザインのゲートが入り口になっている。
入館証を再び使用してゲートを抜けると、そこはもう異世界のような雰囲気だ。私が訪れたときも、非常に驚いた覚えがある。
主に誰かさんのせいで、ではあるものの、確かにオフィスの魅力で来ているという理由もないことはない。
SMC(ソーシャルメディアコンサルティング株式会社)のエントランスホールは、こちらもやはり黒を基調としたデザインで、紺っぽい大理石の床、赤系統のダークブラウンのソファが四組。壁際には整然と並んだ小物類。まさしく大手メディア企業の貫録のあるオフィスになっている。
ぼそっと呟いたのが聞こえてしまっていたみたいだ。怪訝そうな目で陽がこちらを見てきた。
中に入るとしばらく会議室のようなものが並んでおり、その先がオフィススペースになっている。IRISチームはそのオフィススペースの一番奥の一室にあった。
なぜこんな見るからに窓際なのか、むしろそれ以上は本人から聞き出してほしい、と思いながら、IRISチームのオフィスに入った。
今日部長以外に来ているのは初唯しかいない。基本的にオフィスに来る人は極少数で、出社が義務付けられているのは週一回以上だ。
不必要に語尾が伸びるのはなんとかならないのだろうか?ただでさえ外見が典型的なゆとり大学生なのに、殊更にアホっぽく見える気がしてしまう。
不満そうな初唯は完全にスルーすることにした。
後ろからそんな言葉が聞こえて気がしたが、いつも通りスルーした。
部屋の角にホワイトボードと大きめのテーブルがあるスペースがある。部長が会議嫌いのためあまり使うことはないが、こういう場面ではありがたいし、会議のときはいつもここでしている。
・・・
また遠くで初唯が何か言っている。確かに初唯の淹れるコーヒーは美味しいのだが。
そう言って、沙智は給湯室へ向かった。
これだけの規模の会社だけあって、給湯室はとても快適だった。なんでも、社長が紅茶やコーヒーを心から嗜んでいるため、様々な茶葉やコーヒー豆を常備しているそうな。
的確に茶葉を計量し、お湯を沸かす。沸騰したお湯でティーポットとカップを温めておき、再度十分に沸騰させる。紅茶の旨味が十分に出るよう、沸騰しきったお湯を茶葉を入れたティーポットに一気に注ぐ。
小さい頃から一通りの英才教育は受けてきた。紅茶の淹れ方も、淑女のたしなみの一つである。
私の家は地元では有力な名家で、その明らかに日本人離れした金髪と碧眼はドイツの血だ。一流の家系の名に恥じぬよう、上流階級で生きていくためのさまざな教育を受け、幼稚舎から桜渓付属に通い、今では桜渓大学の2年になった。容姿端麗・頭脳明晰と、まさに非の打ち所がないと言われてきたが、その隙のなさがある種の欠点とも思っていた。このような特殊なアルバイトをしているのも、その辺りに理由があったりする。
ミルクを、やはりお湯で温めたカップに入れ、スティックシュガーを添えて砂時計をひっくり返し、ティーセットごとオフィスに運んだ。
オフィスの中心付近のデスクに、雑にお菓子が置かれている。
適当にクッキーを手にとって戻ってくると、ちょうど砂時計が落ちきるところだった。カップに紅茶を注ぐ。
そういっておそるおそる口をつけた陽の表情はすぐに驚きの表情に変化した。
またまた遠くから大きな独り言が聞こえてきた。
説明を始めようとしたその時、初唯から声がかかった。
陽の表情は出会った時のこわばった感じから明らかにリラックスしたようだった。やはり紅茶の効果は偉大だなぁと思う。